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京都地方裁判所 昭和47年(む)9531号 決定

被疑者 城戸十三吉

決  定

(本籍、住居、職業、氏名等略)

右の者に対する兇器準備集合、道路交通法違反被疑事件について、昭和四七年四月八日京都地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判に対し、同日京都地方検察庁検察官から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原裁判を取り消す。

被疑者を下鴨警察署に勾留する。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨および理由は、検察官提出の「準抗告及び裁判の執行停止申立書」ならびに「準抗告申立補充意見書」記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二、当裁判所の判断

1  検察官は、本件各被疑事実につき、被疑者には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、刑事訴訟法第六〇条第一項第一、二、三号に該当する事由があるとして本件勾留請求をしたところ、京都地方裁判所裁判官は、「本件勾留請求は、これに先行する被疑者の逮捕手続に重大な違法がある。」との理由で右請求を却下したことが記録上明らかである。

2  そこでまず、本件逮捕手続の適否について検討する。

(一)  一件記録によれば次の事実が認められる。

(1) 京都府警察本部は、昭和四六年一一月一五日京都市左京区田中馬場町地先の京都府下鴨警察署前付近路上で発生した自動車の炎上事件につき、かねてよりその犯罪の捜査をしていたところ、本件各被疑事実を内容とする右事件の犯人は被疑者らであるとの容疑を深めたので、同年一二月二三日京都地方裁判所裁判官に請求して、同日被疑者に対する逮捕状の発付を受け(右逮捕状の有効期間は昭和四七年一月二三日までであつたが、同日さらに右と同一の被疑事実につき同年四月二三日までを有効期間とする逮捕状が発せられた)、爾来被疑者の所在を捜索していたが、被疑者は、本件事件発生後は、それまで妻城戸靖子と同居していた住居(肩書本籍地)にも帰来せず、その所在は容易に判明しなかつた。

(2) ところが、前記警察本部は、昭和四七年四月一日ころ、右城戸靖子が盲腸炎手術のため大阪市住吉区苅田町一丁目二九の五鳥潟病院に入院中である旨の情報を得たので、同人の病室に被疑者が立寄る可能性もあるとして、同日より右病院に警察官数名を派遣して張込内偵を続けた。そうしているうちに、同月四日午後六時二〇分ころ、被疑者が同病院に訪ねてきたのであるが、その際、同病院守衛室で張込中の右警察本部所属の岡松俊明ほか二名の警察官は、かつて被疑者とは面識がなく、その手配写真を所持しこれを見ていただけであつたけれども、岡松は、右来訪者を目撃した瞬間同人が被疑者ではないかと直感したので、その訪れる先を確めるべくこれを追尾し、同人とともに右病院のエレベーターに乗り込み、再度その顔貌を見定めるとともに、同人が三階(三階に靖子の病室がある)へ向つて行くことを確認した。そして、右来訪者が出てくるのを待つ間、岡松らは病院の守衛に依頼して三階の様子をうかがわせ、同守衛からは、平生電燈のついている三階廊下が暗くなつていて、靖子の病室の前付近の廊下で男女二名(容貌、着衣等は確認できない)が面談していた旨知らされた。なお、この間岡松は、前記警察本部に電話して右の状況を報告し、上司から、誤認逮捕を避けるべく慎重にやるようにとの指示を受けた。

(3) 同日午後九時二五分ごろ右来訪者(被疑者)が病院から出てきたので、その付近の路上で待機していた岡松らはこれを追尾しようとした。ところが、同病院の表門から道路を約二〇メートルも行かぬうちに、その気配を察した被疑者は小走りに立去ろうとする様子を示したため、岡松は、被疑者に対し自己の警察手帳を示したうえ「城戸君ですか」と質問し、被疑者がこれを否定したので、さらに「それでは住所と名前を教えてもらいたい。城戸君ならば逮捕状が出ている」と告げたが、被疑者は「城戸ではない」などといつて否定し続けた。

(4) 岡松は、右の者が逮捕状の発せられている城戸十三吉であるとの疑いを強めたものの、現場が暗かつたこともあつてその被疑者であることを断定するに足りないと考えたので、被疑者に対し「すぐ近くに交番所があるからちよつときてくれ」と同行を求めたところ、被疑者は、行く必要はないなどといつて素直に右の求めに応じない態度を示したが、岡松らは、なおも執拗に同行を求め、岡松ほか一名の警察官が被疑者を真中に挾むようにして両側に並び、残り一名が被疑者の五、六メートル後方を追尾する形で、右病院付近路上から約一五〇メートル離れた大阪府市住吉区苅田町九丁目七番地大阪住吉警察署苅田町連絡所まで被疑者を同行した。この間、岡松らは、被疑者が逃走しないようにと思い、前記職務質問をした箇所から約二〇メートルほどは、被疑者の両側からその両腕の洋服の袖をそれぞれ掴んで同行を促すようにし、その後は、数箇所の道路を横断する場合だけ前同様に袖を掴んでいたが、それ以外の逃走の可能性の少い道筋では完全に手を離していた。なお、右同行の間、被疑者は口では抗議したけれども、とくに暴れたり、逃走を図ろうとしたことはなかつた。

(5) 右のようにして、岡松らは被疑者を同行して同日午後九時三五分ごろ右苅田町連絡所に到着したが、被疑者は同所においてもなお自分が城戸十三吉であることを自認しなかつた。そこで岡松らは、改めて被疑者の手配写真と被疑者の顔貌とを照合し、被疑者が着ていた背広の内側のネーム跡に「城戸」と読み取れる痕跡のあることなどを確認したうえ、その者が被疑者城戸十三吉に間違いないとの確信を深めたので、同日午後九時四〇分ころ、被疑者に対し本件各被疑事実の内容および右につき逮捕状が発せられていることを告げてその場で被疑者を逮捕した。

(6) その後、岡松らは、同日午後一一時三五分京都府警察本部警備部警備課司法警察員に被疑者を引致し、右司法警察員森末男は同日午後一一時四〇分前記逮捕状を被疑者に示した。そして、同月六日午後四時三〇分被疑者を京都地方検察庁検察官に送致する手続がとられ、同月七日午前一一時〇五分本件勾留請求がなされた。

(二)  右の事実に基づいて判断すると、まず、岡松らが被疑者を前記病院付近路上から苅田町連絡所まで同行した一連の行為は、被疑者に対しある程度有形力を用いて強行するに至つたものと認めるのが相当であり、これに、任意同行を拒否する態度を示していた被疑者に対し岡松らが執拗に同行を迫つたことなどを合わせ考えると、被疑者は任意の意思に基づいてこれが同行に応じたものとはとうてい認められず、岡松らの右同行行為は、警察官に許容された職務行為の範囲を逸脱したものと評価するほかない。

そうすると、被疑者は、昭和四七年四月四日午後九時二五分ごろから、任意同行の名の下に右の範囲を越えた強制力を加えられて前記苅田町連絡所に同行され、同日午後九時四〇分に至つて、はじめて逮捕状の緊急執行の手続により通常逮捕されたものとみられるので、この点において、右逮捕手続は瑕疵を帯びたものとの批難を免れることはできない。

しかしながら、逮捕手続における瑕疵は、そのすべてが爾後の勾留請求を違法に導くものというべきではなく、その勾留請求が違法となるか否かは、逮捕手続における瑕疵の程度に応じてこれを具体的に判断すべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、さきに認定した事実によつてうかがいうるように、岡松らが被疑者に同行を求めた時点においては、その者を被疑者城戸十三吉と疑うに足りる相当程度合理的な事情が存したのであるから、その際、仮に被疑者に対し逮捕状の緊急執行に着手していたとしてもあながち違法とまでは断定しえないものがあり、また、岡松らが被疑者に同行を求めたのは、万一の誤認逮捕を避けようとした慎重な配慮によるものであつて、その時間的、場所的間隔から推してみても、いわゆる時間稼ぎ等不当な意図に出たのではなく、さらに、右同行開始時点において、岡松は被疑者に対し逮捕状が発せられている事実を告げているうえ、その一五分後には正規の逮捕状緊急執行の手続がとられ、かつ、右同行開始時から起算しても四八時間以内に検察官送致の手続がなされているのであるから、これらの事情に照らして勘案すれば、前記逮捕手続の瑕疵は、本件勾留請求を違法にさせるほど重大なものとは考えられない。したがつて、右の逮捕を前提とする本件勾留請求は適法と解すべきである。

3  そこで、進んで勾留の要件の有無について検討する。

(一)  一件記録によれば、被疑者が本件各被疑事実につきその罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。

(二)  そこで、刑事訴訟法第六〇条第一項各号の事由について考察するに、本件被疑事実は、被疑者が女性某らと共謀のうえ、昭和四六年一一月一五日午後八時ごろ京都市左京区田中馬場町地先の京都府下鴨警察署前付近路上において、警察施設等に対して害を加える目的で、軽四輪自動車に兇器である火炎びん数本を積載携行して集合し、その際、右自動車を運転していた被疑者が同車中で右火炎びんが発火炎上したことにより、あわてて運転を誤り、右自動車を道路端の電柱に衝突させて同自動車を炎上破損させる事故を惹き起こしながら、その日時場所等の所定事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかつたというものであるが、被疑者は、右事件発生後、昭和四七年四月四日に逮捕されるまで約四ヶ月半の間、従前の住居地(肩書本籍地と同じ)に帰来した形跡がないのは勿論、その勤務先にも出勤しないで所在をくらましていたことが推認され、只、質問に対し従前の住居を主張するだけで、右の期間中他に定まつた住居を有していたことにつき何ら陳述していないのであるから、被疑者は定まつた住居を有しないもので、かつ、逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められる。

また、本件事案は、被疑者が共犯者らとともに計画的になした犯行と考えられるところ、右共犯者らは未だ所在不明であることが推認されるので、その状況等に鑑み現段階で被疑者を釈放すれば右共犯者らに働きかけるなどの挙に出ることが予測されるから、被疑者には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められる。

しかして、右に述べたところに本件事案の罪質、行為の態様等諸般の事情を合わせ考えれば、勾留の必要性もまた優に認められるのである。

4  以上のとおりであつて、本件勾留請求を却下した原裁判は失当というべきであるから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項を適用してこれを取り消し、被疑者を勾留することとして、主文のとおり決定する。

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